電車が止まり、会議に間に合わない
朝8時半。会社員の田中さんは駅のホームにいました。
ところが、人身事故の影響で電車が止まっています。
時計を見ると、9時から大切な会議があります。このままでは間に合いません。
田中さんはすぐに上司へ電話しました。
田中:すみません。電車が止まっていて、30分ほど遅れそうです。
上司:分かりました。気をつけて来てください。
田中:ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
田中さん自身が電車を止めたわけではありません。
それでも、
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
と言っています。
なぜでしょうか。
この表現に注目
今回注目するのは、
「迷惑をかける」
という表現です。
先ほどの場面では、田中さんが遅れることで、上司や会議に参加する人たちに何らかの影響が出る可能性があります。
会議の開始を待たせるかもしれません。
田中さんの説明を誰かが代わりにしなければならないかもしれません。
予定を変更させるかもしれません。
つまり、問題の中心は「田中さんが悪いかどうか」だけではありません。
「自分の事情によって、相手に負担や不便を与える」
というところにあります。
ここで「迷惑をかける」が使われます。
「迷惑をかける」は相手への影響を見る表現
「迷惑をかける」を理解するときは、まず相手を想像してみてください。
自分の行動や事情によって、相手が困ったり、時間を使ったり、余計な対応をしなければならなくなったりする。
そんな場面で、
「人に迷惑をかける」
と言います。
たとえば、
遅刻して、みんなに迷惑をかけた。
この場合、単に「遅刻した」という事実を言っているだけではありません。
「自分が遅れたために、ほかの人にも困ることが起きた」
という気持ちが含まれています。
だから、「迷惑をかける」は謝る場面とも非常に相性のいい表現です。
別の場面に変えるとどうなる?
学校で
学生がグループ発表の日に休んでしまいました。
次の日、学生がグループのメンバーに言います。
昨日は休んでしまって、ごめん。みんなに迷惑をかけたね。
発表そのものは、ほかの学生が続けることができたかもしれません。
しかし、その学生の分まで誰かが説明したり、急に役割を変えたりした可能性があります。
ここでも「相手に余計な負担を与えた」という点が重要です。
家の近所で
夜遅くまで友達を呼んで、部屋で大きな声で話していました。
翌日、隣の人から「昨日は少しうるさかったです」と言われました。
こんなときは、
夜遅くまで騒いでしまい、ご迷惑をおかけしました。
と言えます。
音を出したことそのものより、
「その音によって隣の人が困った」
という相手への影響に注目しています。
仕事で
取引先へ送る資料に間違いが見つかり、もう一度確認してもらう必要が出ました。
このたびは、こちらの確認不足でご迷惑をおかけし、申し訳ございません。
仕事では「迷惑をかける」より、
「ご迷惑をおかけする」
という丁寧な形がよく使われます。
特に、取引先や客などに謝罪するときによく見かける表現です。
「すみません」と入れ替えれば同じ?
似た場面では、
「すみません」
「申し訳ありません」
「ご迷惑をおかけしました」
などが使われます。
ただし、役割は少し違います。
たとえば、
遅れてすみません。
これは、遅れたことについて直接謝っています。
一方、
遅れて、皆さんに迷惑をかけてしまいました。
と言うと、
「自分が遅れたことで、ほかの人にも影響が出た」
という点がより強く意識されています。
そして、
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
では、
「相手に負担を与えたこと」
をはっきり示したうえで謝っています。
そのため、仕事など少し改まった場面でもよく使われます。
「迷惑になる」と「迷惑をかける」は同じ?
この二つもよく似ています。
たとえば、図書館で大きな声で電話しようとしている友達に、
ここで電話すると、ほかの人の迷惑になるよ。
と言えます。
これは、
「その行動が、ほかの人にとって困るものになる」
という意味です。
一方、
ほかの人に迷惑をかけるよ。
と言えば、
「あなたの行動によって、ほかの人を困らせる」
という形で表現しています。
どちらも自然ですが、視点が少し違います。
「迷惑になる」は、行動や物事が迷惑な存在になることに注目します。
「迷惑をかける」は、誰かが別の人に迷惑を与えるという関係に注目します。
「心配をかける」とはどう違う?
もう一つ、よく似た形があります。
「心配をかける」です。
たとえば、旅行中に連絡をしなかった人が家族に言います。
連絡しなくて、心配をかけてごめん。
これは自然です。
では、
連絡しなくて、迷惑をかけてごめん。
はどうでしょうか。
状況によっては使えますが、意味は少し変わります。
家族が「事故に遭ったのではないか」と不安になったのであれば、「心配をかける」が自然です。
しかし、連絡がなかったために家族が警察へ相談したり、予定を変更して探しに行ったりしたのであれば、「迷惑をかける」という見方もできます。
つまり、
「心配をかける」は相手を不安にさせること、
「迷惑をかける」は相手を困らせたり、負担を与えたりすること
に注目しています。
日本語では「迷惑」と一緒に使う動詞も重要
「迷惑」という単語だけを覚えていても、実際の文章では十分ではありません。
日本語では、よく一緒に使われる形があります。
- 迷惑をかける
- 迷惑になる
- 迷惑を受ける
- ご迷惑をおかけする
特に学習者が覚えておきたいのは、
「人に迷惑をかける」
というまとまりです。
家族に迷惑をかける。
会社に迷惑をかける。
周りの人に迷惑をかける。
「誰に」という相手が出てきやすいことにも注目してください。
単語を一つずつ覚えるより、
「人に迷惑をかける」
という形で覚えたほうが、会話でも読解でも使いやすくなります。
謝罪では「ご迷惑をおかけして」がよく使われる
仕事のメールや店からのお知らせでは、次のような表現をよく見かけます。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。
ご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。
丁寧さは違いますが、どれも基本には、
「こちらの事情によって、あなたに不便や負担を与えた」
という考えがあります。
一方、友達同士なら、
迷惑かけてごめん。
でも自然です。
相手との関係によって形が変わるのも大切なポイントです。
JLPTでは「謝っているから」で選ばない
JLPTの語彙問題や文脈問題では、「謝罪の文だから」という理由だけで答えを選ぶと間違えることがあります。
大切なのは、
「誰が、誰に、どんな影響を与えたのか」
を見ることです。
次の問題を考えてみましょう。
私のミスで作業が遅れてしまい、皆さんに( )しまいました。
- 迷惑をかけて
- 興味を持って
- 約束を守って
- 経験を積んで
自然なのは、
「迷惑をかけて」
です。
「ミスをした」
「作業が遅れた」
「皆さんに」
という三つの情報から、周囲の人に負担や不便を与えた場面が想像できます。
JLPTでは、知っている単語を探すだけでなく、文の中で起きている出来事を頭の中に描いてみてください。
それだけで選択肢をかなり絞れることがあります。
最初の場面に戻ってみよう
最初の田中さんの場面をもう一度思い出してみましょう。
電車が止まり、会議に遅れそうになった田中さんは、
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
と言いました。
田中さんが電車を止めたわけではありません。
それでも、自分が遅れることで会議の参加者に負担を与える可能性があります。
だから、「迷惑をかける」という考え方が自然に出てくるのです。
最初にこの会話を読んだときは、単なる「丁寧な謝罪表現」に見えたかもしれません。
しかし今なら、
「相手に不便や負担を与えてしまったから、この表現を使っている」
と場面から理解できるはずです。
意味だけではなく、場面ごと覚える
JLPT N3〜N2では、単語の日本語訳を知っているだけでは判断しにくい問題も増えてきます。
「迷惑」という言葉を知っていることよりも、
「誰かの行動によって、別の人が困ったり負担を受けたりする場面」
をイメージできることが大切です。
そして、
「人に迷惑をかける」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
のように、実際によく使われるまとまりで覚えておくと、読解にも会話にも役立ちます。
実際の問題では、意味を知っているだけでなく、その場面で最も自然な表現を選ぶ必要があります。
RJT(Rapid Japanese Training)では、語彙や文法を実際の問題の中で確認できます。
今回理解した「迷惑をかける」も、次は文脈の中で正しく判断できるか試してみてください。