JLPTの文法や読解で、地味に多くの学習者を悩ませるのが授受表現です。
「あげる」「くれる」「もらう」。
単語そのものは早い段階で習うのに、問題になると急に迷う。
意味は知っているはずなのに、選択肢を見ると頭が止まる。そんな経験はないでしょうか。
この3つが難しいのは、単に「与える・もらう」という意味を覚えるだけでは足りないからです。
本当に大事なのは、「誰の立場から見ているか」を外さないことです。
授受表現は、モノや行為の移動だけを表しているのではありません。
話し手が、どちら側に気持ちの軸を置いているかまで一緒に表しています。
だからこそ、視点を間違えると、意味はなんとなく分かっていても不正解になります。
この記事では、JLPTで混乱しやすい「あげる」「くれる」「もらう」を、「誰目線か」という一本の軸で整理します。
まず結論 「誰目線か」で考える
最初に、いちばん大事なポイントだけ押さえましょう。
- あげる
与える側を見る表現 - くれる
話し手側、または話し手に近い側へ来る表現 - もらう
受け取る側を見る表現
この3つを、ただ日本語から母語へ置き換えるだけで覚えると、ほぼ確実に途中で混乱します。
大切なのは、「誰があげたか」「誰に来たか」「誰が受け取ったか」という視点の位置です。
「あげる」は与える側から見る
「あげる」は、AがBに何かを与えるとき、A側を軸にした言い方です。
例文
- 私は友だちに本をあげました。
- 田中さんは妹にお菓子をあげました。
このとき注目すべきなのは、「あげた人」が主語になりやすいことです。
つまり、「与える側」にカメラが向いています。
JLPTでのつまずきポイント
学習者がよくやるミスは、「相手に行った」というだけで、何でも「あげる」にしてしまうことです。
しかし、話し手に向かって来ている場合は、「あげる」ではなく「くれる」になることがあります。
つまり、「移動の方向」だけでは足りません。
話し手との距離も見ないといけません。
「くれる」は話し手側に来る
「くれる」は、誰かが話し手、または話し手に近い人に何かを与えるときに使います。
例文
- 友だちが私に本をくれました。
- 先生が弟にアドバイスをくれました。
ここで大事なのは、「受け取る相手」が話し手自身、あるいは話し手が心理的に近く感じる人物であることです。
「友だちが私に本をあげました」と言いたくなる人は多いのですが、日本語ではここで「くれる」を使います。
なぜなら、話し手側に向かって来ているからです。
JLPTでのつまずきポイント
「くれる」は単なる give ではありません。
「こちら側にもらう感じ」が入っています。
この感覚がないまま訳語だけで処理すると、
- 私にくれた
- 母にくれた
- 弟にくれた
のような文で迷いやすくなります。
特に読解や文法問題では、話し手に近い人物が誰かを見抜けないと、一気に選択肢が曖昧になります。
「もらう」は受け取る側から見る
「もらう」は、受け取った側を主語にして言う表現です。
例文
- 私は友だちに本をもらいました。
- 妹は先生に花をもらいました。
この表現では、「受け取った人」に視点があります。
つまり、出来事そのものは同じでも、「あげる」「くれる」とはカメラの位置が違うのです。
比べてみる
- 私は友だちに本をあげました。
- 友だちが私に本をくれました。
- 私は友だちに本をもらいました。
出てくる人物や本は同じでも、どこに視点があるかで動詞が変わります。
ここを整理できるようになると、授受表現は一気に分かりやすくなります。
まずは「矢印」で考えると混乱しにくい
授受表現が苦手な人は、頭の中で矢印を書くようにすると整理しやすくなります。
あげる
A → B
A側から見る
くれる
A → 私・私側
私側に来る
もらう
A → B
B側から見る
つまり、「矢印の向き」と「どちらにカメラがあるか」をセットで考えることです。
この2つを分けずに覚えると、選択肢でブレにくくなります。
行為の授受になると、さらに混乱しやすい
JLPTでは、モノの受け渡しだけでなく、行為の授受もよく出ます。
- 教えてあげる
- 教えてくれる
- 教えてもらう
この形になると、さらに「誰が誰のためにしたか」が見えにくくなります。
ですが、考え方は同じです。
例文
- 私は友だちに日本語を教えてあげました。
- 友だちが私に日本語を教えてくれました。
- 私は友だちに日本語を教えてもらいました。
ここでも、
- あげる は 行為をしてあげた側
- くれる は 私側にしてくれた
- もらう は 私がしてもらった
という視点の違いで決まります。
JLPTで狙われやすいのは「主語の入れ替え」
授受表現の問題で特に多いのが、主語や立場を少しだけ入れ替えた選択肢です。
意味が似ているので、急いでいると全部正しく見えます。
でも実際には、「誰目線か」がずれている選択肢が混ざっています。
たとえば、
- 私は先生に本をくれました
- 先生は私に本をあげました
- 私は先生に本をもらいました
- 先生は私に本をくれました
こうした選択肢が並ぶと、語順だけを追っている人は混乱します。
ここで必要なのは、単語力よりむしろ視点の固定です。
「主語は誰か」
「矢印はどちらか」
「話し手側に来ているか」
この3つを押さえるだけで、かなりの問題が落ち着いて見えるようになります。
「話し手に近い人」が入ると難度が上がる
授受表現をさらに難しくするのが、「私」ではなく、話し手に近い人物が受け取り手になるパターンです。
たとえば、家族や身内が出てくると、「くれる」が使われることがあります。
例文
- 先生が弟に本をくれました。
この文は、弟が話し手に近い存在として見られているから自然です。
ここを単純に「私じゃないから、くれるじゃない」と考えると、誤解しやすくなります。
つまり、「くれる」は必ずしも受け手が私本人とは限りません。
話し手が内側としてとらえる相手なら、「くれる」が成り立ちます。
この感覚は、短文問題だけでなく、読解や会話文でも非常に重要です。
迷ったら「その文を誰がうれしく見ているか」を考える
授受表現でどうしても迷ったときは、「この文は誰の側に立って言っているか」を考えるのがおすすめです。
- 与えた側の動きとして言いたい
→ あげる - こちらにしてくれた感じがある
→ くれる - 受け取った側として言いたい
→ もらう
ときどき、「うれしい方向」と言い換えると急に分かる人もいます。
特に「くれる」は、単なる方向だけでなく、「こちらにしてくれた」という感覚が入るからです。
N3/N2では「意味」より「視点」で覚えたほうが強い
N3やN2の文法では、似た意味の表現がいくつも出てきます。
その中で授受表現が厄介なのは、意味だけ見ると全部「与える・もらう」に見えてしまうことです。
だからこそ、
- 訳語で覚える
- 単語だけで覚える
- 雰囲気で選ぶ
というやり方では限界が来ます。
本番で強いのは、「この文は誰目線か」と機械的に確認できる人です。
視点さえ固定できれば、授受表現はむしろ得点源になります。
まとめ 「誰目線か」を外さなければ、授受表現は怖くない
「あげる」「くれる」「もらう」で迷う人は、意味を知らないのではありません。
多くの場合、問題は視点の整理がまだ曖昧なだけです。
授受表現を見たら、まず考えるべきはひとつです。
「この文は、誰の立場から見ているか」
ここが決まれば、選ぶべき動詞もかなり見えてきます。
逆にここをあいまいにしたままだと、何度解いても同じところで迷います。
RJTでは、こうした混乱しやすい文法項目も、意味だけでなく視点や使い分けまで整理しながら学べます。
一問ずつ解いて終わりにするのではなく、「なぜそれになるのか」まで見えるようになると、文法は一気に安定します。
授受表現は、暗記より整理です。
「誰目線か」。まずはこの一本の軸を、しっかり自分の中に通していきましょう。