導入
「始まる」と「開始する」は、どちらも「何かがスタートする」という意味を持っています。
そのため、日本語学習者は次のように考えやすいかもしれません。
「始まる」を少し硬く言えば、「開始する」になる。
確かに、意味が重なる場面はあります。しかし、すべての文で自由に入れ替えられるわけではありません。
「始まる」は、物事が自然にスタートすることを表す、日常的な言葉です。一方、「開始する」は、人や組織が計画的に何かをスタートさせる場面で使われやすい、硬く公式な言葉です。
意味が近いからこそ、使う場面や文の形を間違えると、意味は伝わっても少し不自然に聞こえてしまいます。
この記事では、学習者が作りやすい間違いから、「始まる」と「開始する」の自然な使い分けを見ていきましょう。
よくある間違い
まず、次の文を見てください。
もうすぐ春が開始します。
何を言いたいのかは分かります。「もうすぐ春になる」という意味でしょう。
しかし、「春が開始する」という言い方は、自然な日本語ではありません。春は、誰かが計画して動かす作業や制度ではないからです。
この場合は、次のように言います。
もうすぐ春が始まります。
もう一つ見てみましょう。
映画が7時に開始します。
この文も、意味は十分に伝わります。映画館の案内や公式なスケジュールでは使われる可能性がありますが、日常会話としては少し硬く聞こえます。
友達との会話なら、次のほうが自然です。
映画は7時に始まります。
「開始する」は間違いではなくても、日常的な場面では必要以上に公式な印象を与えることがあります。
なぜ不自然に聞こえるのか
「始まる」と「開始する」の違いは、単に柔らかい言葉か硬い言葉かという点だけではありません。
文の作り方にも違いがあります。
「始まる」は、自動詞です。物事そのものを主語にして、その物事がスタートした状態を表します。
授業が始まる。
会議が始まる。
夏休みが始まる。
「何が始まるのか」が中心になるため、基本的に「が」と一緒に使われます。
一方、「開始する」は、人や組織が、計画された活動や作業をスタートさせる場面でよく使われます。
会社が新しいサービスを開始する。
担当者が受付を開始する。
政府が新しい制度の運用を開始する。
この場合は、「誰が何を開始するのか」という形になり、「を」と一緒に使われることが多くなります。
つまり、「開始する」は「始まる」よりも、「始める」に近い文の形を取ることが多いのです。
サービスが始まる。
会社がサービスを開始する。
この2つは、同じ出来事を別の視点から表しています。
「サービスが始まる」は、サービス側に注目しています。
「会社がサービスを開始する」は、サービスをスタートさせる会社側に注目しています。
この視点の違いを無視して単語だけを入れ替えると、不自然な文になりやすいのです。
自然な言い方
先ほどの誤用例を、自然な日本語に直してみましょう。
誤用例1
もうすぐ春が開始します。
自然な文
もうすぐ春が始まります。
春は、人や組織が計画的にスタートさせるものではありません。季節が自然に移り変わることを表すため、「始まる」が自然です。
誤用例2
映画が7時に開始します。
日常会話で自然な文
映画は7時に始まります。
映画の上映時刻を普通の会話で伝える場合は、「始まる」が自然です。
ただし、映画館のスタッフが公式な案内をする場合は、次のような表現も使えます。
7時より上映を開始します。
この文では、映画館側が「上映」という活動をスタートさせるため、「開始する」が合っています。
誤用しやすい文
来月から新しい生活を開始します。
文法的には間違いではありませんが、個人的な会話としては少し硬く、事業計画のように聞こえることがあります。
自然な会話では、次のように言うことが多いでしょう。
来月から新しい生活が始まります。
自分が新しい生活を作っていくことを強調するなら、「始める」も使えます。
来月から新しい生活を始めます。
「始まる」「始める」「開始する」は、文の視点によって選ぶ必要があります。
2つの語の基本的な違い
「始まる」は、物事がスタートした状態を自然に表す言葉です。
会話でも文章でも広く使われ、季節、授業、映画、試合、仕事、イベントなど、さまざまなものに使えます。
授業が始まる。
試合が始まる。
新しい一年が始まる。
一方、「開始する」は、人や組織が、活動、業務、制度、サービス、受付などを計画的にスタートさせることを表します。
公式発表、ニュース、会社の案内、行政文書、機械の操作説明などでよく使われます。
受付を開始する。
販売を開始する。
調査を開始する。
システムの運用を開始する。
簡単に整理すると、次のようになります。
- 始まる:物事がスタートすることを自然に表す
- 開始する:人や組織が活動を計画的、公式にスタートさせる
- 始まる:日常会話でよく使う
- 開始する:案内、ニュース、ビジネスなどでよく使う
- 始まる:「授業が始まる」のように「が」を使う
- 開始する:「授業を開始する」のように「を」を使うことが多い
ただし、公式な文章では、次のような受け身の形もよく使われます。
試験が開始されました。
新しいサービスが開始されました。
「開始される」とすることで、「誰が開始したか」を明確にせず、出来事を公式に伝えることができます。
例文で感覚をつかむ
1.授業が始まりました。
先生が教室に入ると、すぐに授業が始まりました。
授業という出来事がスタートしたことを自然に述べています。日常的な場面なので、「始まる」が最も自然です。
2.新しい生活が始まります。
来月から東京で新しい生活が始まります。
生活の変化や新しい時期のスタートを表しています。個人的で自然な始まりなので、「開始する」より「始まる」が合います。
3.雨が降り始めました。
駅を出たところで、雨が降り始めました。
雨の場合は、「雨が始まる」よりも「雨が降り始める」と言うほうが自然です。
「降り始める」は、「降る」という動作がスタートしたことを表します。
4.会社が新サービスの提供を開始しました。
当社は、7月から新しい学習サービスの提供を開始しました。
会社が計画的にサービスをスタートさせたことを表しています。企業の発表として硬く公式な表現なので、「開始する」が自然です。
5.受付を開始します。
午前9時から、試験の申し込み受付を開始します。
担当者や運営者が受付業務をスタートさせる場面です。公式な案内なので、「始まる」より「開始する」が適しています。
6.まもなく試合が始まります。
選手たちが会場に入りました。まもなく試合が始まります。
試合という出来事がこれからスタートすることを伝えています。普通の実況や会話では「始まる」が自然です。
7.ただいまより式典を開始します。
皆様、お待たせいたしました。ただいまより記念式典を開始します。
司会者や主催者が、式典を公式にスタートさせる表現です。「開始する」を使うことで、改まった印象になります。
8.販売が始まりました。
今日から、夏限定商品の販売が始まりました。
販売というサービスがスタートしたことに注目しています。利用者の立場から自然に伝える場合は、「販売が始まる」と言えます。
会社側の行動を強調する場合は、次のようになります。
会社は今日から夏限定商品の販売を開始しました。
同じ出来事でも、どこに注目するかによって表現が変わります。
JLPTで間違えやすい選択肢
JLPTの語彙問題では、「始まる」と「開始する」の意味が近いため、どちらも正しく見える選択肢が出ることがあります。
そのような問題では、単語の意味だけでなく、助詞と場面を確認することが大切です。
例えば、次の文を見てください。
来週から、新しいサービスの提供を( )。
選択肢に「始まる」と「開始する」があった場合、正解は「開始する」です。
来週から、新しいサービスの提供を開始する。
「提供を」となっているため、「を」を取って活動をスタートさせる「開始する」が合います。
一方、次の文ではどうでしょうか。
来週から、新しいサービスが( )。
この場合は、「始まる」が自然です。
来週から、新しいサービスが始まる。
主語は「新しいサービス」であり、サービスそのものがスタートすることを表しています。
また、文章の雰囲気にも注意しましょう。
夏休みが来週から開始します。
意味は分かりますが、学校生活についての日常的な説明としては硬く、不自然に感じられます。
夏休みが来週から始まります。
こちらのほうが自然です。
反対に、企業や行政の公式発表では、「開始する」が選ばれやすくなります。
市は来月から新しい支援制度の運用を開始します。
JLPTでは、次の3点を確認すると判断しやすくなります。
- 「が」の前にある物事自体がスタートするなら「始まる」
- 人や組織が「何かを」スタートさせるなら「開始する」
- 日常的な場面なら「始まる」、公式で計画的な場面なら「開始する」が選ばれやすい
意味が近いという理由だけで選ばず、助詞、主語、文章の硬さを見ることが正解への近道です。
まとめ
「始まる」と「開始する」は、どちらも物事のスタートを表しますが、使う視点と場面が違います。
- 「始まる」は、物事が自然にスタートすることを表す
- 「開始する」は、人や組織が活動を計画的、公式にスタートさせることを表す
- 「授業が始まる」のように、「始まる」は「が」と使われやすい
- 「授業を開始する」のように、「開始する」は「を」と使われやすい
- 日常会話では「始まる」、公式発表や業務の説明では「開始する」が自然になりやすい
大切なのは、「どちらもスタートという意味だから同じ」と考えないことです。
誰が何をスタートさせるのか、物事そのものがスタートするのか、そして日常的な場面なのか公式な場面なのかを確認すると、自然な表現を選べるようになります。
このような似た言葉の違いは、説明を読むだけでなく、実際の問題で何度も選びながら身につけることが大切です。
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